藤條 昌弘 「カメラオブスキュラ」


【ニエプスの部屋】

 窓に向かって 箱が置かれる。

 取り付けられたレンズの蓋が取り払われ 箱の中へ光が導かれて数時間。ジョセフ ニセフォール ニエプスは 写真を撮ることに成功した。
窓外を通り過ぎたであろう パラソルをさした婦人も 荷馬車も姿を残さなかったが、道路沿いの納屋らしき建物はニエプスの企ての為にポーズを取り続けてくれた。
 以来、建築と写真は 時代を超えて踊り続けている。
オリエントへの憧れを巻き起こした マキシム・デュ・カンのエジプトの神殿、パリから消え逝こうとする街並みのファサードをとどめようとしたアッジェ、材木の手触りまで伝わってくるウォーカー・エバンスの農家、カーテンウォールの渓谷を見上げるチャールズ・シーラー。
建築と写真は蜜月の時をすごしている。


【ルネッサンスの部屋】

 カメラは その語源を カメラ・オブスキュラという言葉まで遡ることができる。もともとは 精確なデッサンを得る為の道具の名称であった。
レンズを通して画像を得るところまでは現在のカメラと同じ仕組みで、写真が発明され、感光剤がその役を担うまでは、フィルムの代わりに、薄い紙へ摺りガラスに結んだ画像を書き写すことで用をなしていた。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿にその仕組みが見て取れ、中世の平板な絵画表現を正確な遠近法の中へ解放した。
レンズが発明され小型で持ち運びができる前の段階では ピンホールと呼ばれる小さな穴から入った光が 反対側の壁に 外界の光景を映し出す線を 部屋の中の人物が なぞっている図が残されている。

 写真は建築の最小単位である部屋を故郷にしている。


【水平と垂直の部屋】

 暗い部屋の末裔であるカメラを、建築にむけて据える時、そこに結ばれる画像は 二次元の世界へ変換されさまてしまうのだが、横に広がる大地へ 重力に抗い上に向かって築かれた姿を、ファインダーの中で見ると、構図のバランスを見る為の縦横にラインが引かれた格子の譜面に リズムを刻んでゆくさまが 現れる。
そこは 肉眼で直接見るよりも、フォルムやコンポジションの言葉が聞こえてくる部屋である。



【キャンバスのある部屋】

 コンポジションの言葉をタイトルとして ピエト・モンドリアンは キャンバスの上でこの感覚を尽きとめていたのではないか。
森から一本の木へ さらに交差する梢が十字に交差するシルエットまで世界の構成の最小単位をもとめ 次に最小単位の繰り返しで森や風景を描いた後、日本人には畳敷きの和室を連想させる、白地に縦と横の黒い線 純色の色面に辿り着いた。

 和室をカメラに収める時、撮影者はモンドリアンの統合、拡散、純化の過程を追体験している。


【扉の向こうへ】

 カメラオブスキュラの画像を 紙になぞり 銀盤に 或いはフィルムに定着してきた写真は 電子データとして蓄積される時代となり 画像を保持する素材固有の質感や光沢の頚木を解かれて飛び回っている。

 写真が何処へ向かおうと、時には、イメージを紡ぎだしてきた故郷の部屋を振り返り、家を忘れないであろう。


藤條昌弘

PHOTO CREDIT(上から)
・内田祥三/小石川植物園本館
・同上
・明治初期/安楽庵
・リートフェルト/シュレーダーハウス


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